Superceptionはコンピュータ技術を用いて工学的に私たちの知覚や認知を拡張、変容させる研究の枠組みです。Superceptionという言葉は、Super(超:通常状態を超える、個体を超えた集合体、メタ)+ perception(知覚)を合わせることによって生み出した造語です。Superceptionにより、自分という感覚の輪郭を変化させ、知覚能力の強化、他者との共感や、自分の無自覚な感覚を自覚的に制御を実現できると考えています。この研究フレームワークを掲げた後、人間の感覚・知覚の拡張の研究に取り組み活動をしてきました[1]。そして2021年現在、ある転換点を迎えました。

Superception研究は、今後起こりうる意識と身体の多様な関係において、人間が自己という存在をどのように知覚し理解するかの基礎となる研究となると考えています。奇しくも2021年は、こうした私の研究フレームワークの転換と、コロナ渦による社会の大きな変容、そして、プロジェクトの発展が重なった年となりました。この稀有なタイミングにおいて、改めてSuperceptionが目指すものを紹介させて頂きたいと思います。

社会が持っていた「前提」の変化

2020年の新型コロナウィルスによる社会変化はここで記載するにはあまりにも大きすぎます。社会レベルでも、個人レベルでも失った物は数え切れません。しかし、テレワークやオンラインコミュニケーション、仮想空間でのイベントなどが凄まじい速度で浸透し、物理的障壁の克服をテクノロジーを用いて果敢に試みる、我々の人間のしぶとさにも感銘を受けた年となりました。我々は社会レベルでの壮大な実験をしているようでもあります。私自身、物理会場で開催予定だった展示技術ワークショップ[2]をオンラインへ切り替えたことで双方性が高まったり、招待講義はすべてオンライン化したことで今まで以上に機会を得たり、ほとんどすべての国際会議はオンラインかつアーカイブ化され、研究の議論はもはやオンラインツールを駆使しながらのほうが活発に出来たりします。

展示技術ワークショップの題材となったFragment Shadow

例えばリモートワークの事例だけでも「物理的にそこに存在する」という大前提がもはや過去の考え方です。今現在「打ち合わせをしましょう」のデフォルトはオンラインミーティングです。もちろん、オンラインミーティングシステムはこれまでもありましたが、社会的な通念が(半ば強制的にでも)変化したことで前提が変わってしまいました。もはや「自分がそこに居る」ためには物理的に存在することは全く前提ではなく「情報的に存在する」ことが担保されればよいのです。このように偏在して実質的には始まっていた変化が加速的に普及するように、我々が「前提」と思っていた様式は数ヶ月単位で更新されうることが明らかになりました。

人間とコンピュータの統合

私はこのリモートワークを始めとする行動様式における前提の変容は、人間の意識と身体の対応関係の大きな変容へとつながると考えています。その1つが人間とコンピュータの統合です。これまでの前提では、人間は自らの知覚を元に事柄を判断・行動する完結したシステムとして活動しています。その独立項としての人間とコンピュータの間でやりとりを行うための技術がヒューマンコンピュータ・インタフェースでした。この前提が覆される時、人間とコンピュータの関係はどうなるのでしょうか。

多くの研究者も可能性を感じているように、私は人間とコンピュータが統合される「ヒューマン─コンピュータ・インテグレーション(Human-Computer Integration)」が人間とコンピュータの関係性を形作ると考えています[3]。ヒューマン─コンピュータ・インテグレーションでは、身体に何らかの情報機器を埋め込んだり装着したりするだけではなく、自らの行動や運動に対するコンピュータの支援や拡張、自らの身体表象を超えた異なる身体や仮想空間における身体の利用など、人間の身体とコンピュータを相互融合的に活用することが本質になりえるでしょう。これは、1960年に J. C .Licklider が “Man-Computer Symbiosis”(人間とコンピュータの共生)という名称で提唱した共生的情報処理の概念を発展させたものといえます[4]。ヒューマンーコンピュータ・インテグレーションでは、人間とコンピュータが融合的に行為主体者となる、コンピュータと人間の「身体性を伴った共生」であると言えるでしょう。

ヒューマンーコンピュータ・インテグレーションにおける「自己」

ヒューマンーコンピュータ・インテグレーションの発想に基づき、人間の運動・判断のアシストや拡張、能力の補強などが技術上は可能となりつつあります。ただし、本当に両者が融合した状態を実現するには「自分はどこまで自分であるのか」というユーザー側の視点を避けては通れないでしょう。仮に人間の能力を大きく凌駕した機能が実装されたとしても、また自らの身体とは異なる身体表現を利用できたとしても、それが知覚的・認知的に自分であると思えなければ、技術が人間を拡張したとはいえないからです。では、知覚的・認知的に自己を自己として捉える感覚はどのように生起されるのでしょうか。S. Gallagher は基本的な自己の構成をまず「物語としての自己(narrative self)」と「最小限の自己(minimal self)」の2つに分けることを提唱しています[5]。「narrative self」は自身や他人に語られることによって永続的に存在する自己、「minimal self」は瞬間ごとに構成される基礎的・一時的な自己とされています。あらためて人間は不変項ではないという観点に立ち、人間とコンピュータの関係を鑑みると、リアルタイムに構成される自己「minimal self」へのコンピュータによる介入と、それによって変容し続ける柔軟なユーザーが、今後のヒューマン─コンピュータ・インテグレーションの1つの姿になるのではないかと思います

自己を構成する2つの要素

私自身近年、このminimal self を構成する2つの要素、すなわち“この運動を引き起こしたのは自分自身である”という知覚・認識を表す「行為主体感(sense of agency)」と、“これは私の身体である”という知覚・認識を表す「身体所有感(sense of body ownership)」に着目した研究を行ってきました。

「これは私の体である」という身体所有感を我々が日常的に意識することはありません。体が一時的に痺れるなどして、触覚や体性感覚が働かなくなったときに、一時的に身体所有感の喪失を体験することはありますが、身体所有感が議論の対象となるのはゴム製の手を使った実験室的な体験(ラバーバンドイリュージョン)[6]などの特殊な環境だけでした。しかし、バーチャルリアリティ(VR)における仮想身体表現や、遠隔地におけるロボット身体などの登場により、自らの身体ではないものに対して自らの身体動作を移すような応用が今後発展するでしょう。つまり「これは私の体である」という今までの前提は柔軟に覆され、自分の身体以外にも起きるうる感覚なのです。今後、自分の身体以外に身体所有感を持てた場合に、人の感覚にどのような変化が起こるのか。私自身も、仮想身体の動きの時空間特性を変えることで人の感覚がどう変化するのかをYCAM(山口情報芸術センター)と共同で研究してきました。[7]。

Malleable Embodiment:仮想身体の動きの時空間特性を変えることで人の感覚を変える

そして、もう一つ重要であるのが、“この行為を引き起こしたのは自分自身である”という知覚・認識を表す行為主体感の担保です。人間行動のあらゆるレベルにおいて、確固たる自己を保つための必須事項といえます。スマートフォンで文字を入力しているときも、車を運転しているときも、池に石を投げたときも、自らの行動に対する反応があってこそ我々は、自分が存在していると感じることができます。

人間を超えるコンピュータとの融合 

人間と「人間の能力を超えた」コンピュータが融合したとき、我々人間はどのように行為主体感を感じるのでしょうか。現存するコンピュータアシストは基本的に” 人間の行動” に沿うことが前提として実行されます。人間の行動をコンピュータが観測してその意図を推定し、情報提示や力の補助などで人間を助けるシステムといえます。しかし、人間とコンピュータが融合的な行為主体者になる時、この形式は必ずしも前提ではなくなり、人間が元々持っていた能力を超えた状態への“アシスト”も可能になるでしょう。では、我々人間は自らの能力を超えた行為に主体感を感じることができるのでしょうか。

その1つの例として、我々の研究チームは機能的電気刺激(EMS)を用いて腕に電気刺激を加え、身体を強制的に駆動させることで、早押しゲームのような目で見て即座に反応するゲームで生身の人間よりも素早く達成できるようにする実験を行いました[8]。その結果、ある一定の条件の元では、自らの意志による手の動きよりも早く電気刺激によって手が動かされているのにも関わらず「これが私がやった」という行為主体感が得られる事が分かったのです[9]。これは、今後コンピュータが人間の身体を直接駆動し、人間自らの能力を凌駕する行動を成し得た場合でも、人間が行為主体感を感じるようなヒューマンーコンピュータ・インテグレーションを設計できる可能性があることを示しており、現在様々な条件での研究を進めています[10, 11]。これら一連の研究は人間(の意識)とコンピュータが、人間の身体を共有している状況と捉える事ができます。つまり、「自らの意識で、自分の身体を動かしている」という前提を超えた意識と身体の関係に関する研究なのです。

Preemptive Action  : 意志よりも早く動かされる身体において”自分がやった”知覚の境界を探る

意識と身体の柔軟な関係

人間とコンピュータの融合だけでなく、技術的進化と社会的要請により加速するテレワークや仮想空間活用のためには、ヒューマンーコンピュータ・インテグレーションであろうと、ロボットの遠隔操作であろうと、仮想空間でのアバターであろうと、これまでの自分の意識で自分の身体を動かすという前提を超えて、意識と身体の柔軟な関係を適切に設計することの重要性が高まってくると考えています。こうした意識と身体の柔軟な関係において、自分を知覚することを可能にするテクノロジーがSuperceptionであると考えています。

n Minds m Bodies

私は意識と身体の関係は必ずしも1対1対応ではなくなると想定しています。今後、1人で複数の身体を使ったり、複数人が1つの身体を操作する事が可能になるでしょう。つまりN人の意識をM体の身体で活動する”N Minds M Bodies”の関係です。実際、複数人の身体運動を1つの仮想身体に融合したり[12, 13]、複数の仮想身体への身体帰属についての基礎的な研究[14]が徐々に始まりつつあります。私自身のこれら研究のさきがけが2015年にYCAMとの共同研究で行った、Parallel Eyesという複数視点共有装置を用いた研究[15]であり、その一連の研究成果をSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)で開催されたSony Wow Factory, Wow Studio[16, 17]にて出展展開させて頂いた事は現在の研究展開に大きく繋がっています。

Parallel Eyes:複数視点共有装置を用いた研究

こうしたN人M体を含めた柔軟な意識と身体の関係において、自らが知覚する「自己」を担保し、並行・融合的な身体性を実現するための設計要件として、私はこれまでのSuperception研究から鑑みて、3つの要素(Aware, Action, Attribute)の並列化を提唱しています。第1項目のAwareは知覚・認知を含む複数身体を通した環境理解の並列化。第2項目のActionは、1人の意識による複数身体の並列的操作。そして、第3項目のAttributeは、上記によって実現する並列的な体験を、自らの行為や体験であると自己に帰属させるための心理学的・技術的設計を踏まえた自己帰属化です。この3つの側面からN人M体の身体化と、そこでの自己知覚について研究を進めています。

研究プロジェクトへの参画

今年度から本格的に開始された日本内閣府主導の「ムーンショット型研究開発制度」の目標の一つに、「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」が掲げられました[18]。そこでは、サイバネティック・アバターを通じて柔軟な意識と身体の関係を実現した上で、現存する社会課題の解決や多様なライフスタイルを追求できる持続可能な社会(Society 5.0)の実現を目指すとされています。奇しくも、このような構想は、現在起きている社会の変化要請によって急速に現実味を帯びてきています。

この度、2020年の初頭の研究プロジェクト立案から参画した研究プロポーザルが採択されました。私は「身体性と社会性が調和した共体験を生み出すサイバネティック・アバター技術の開発」(Projector Manager:慶應大学南澤教授)プロジェクトでチームの研究者とともに研究推進の一旦を担い、柔軟な意識と身体の関係がもたらす身体の並列化や融合を取り扱う予定です[19]。ここでいうサイバネティック・アバターとは、身代わりとしてのロボットや3D映像等を示すアバターだけではなく、人の身体的能力、認知能力及び知覚能力を拡張するICT技術やロボット技術を含む概念です。

プロジェクトチームは、意識と身体の関係多様化をもたらすテクノロジーによる人間の変容を脳科学・社会学的観点から解き明かし、社会実装への繋げていく第一線のプレイヤーチームから構成されています。現在の執筆時点では、詳細は公開されていませんが、そのようなチームに参画し研究を加速できることに得難い興奮と多くの可能性を感じています。今後数年にわたる多くの探索の開始タイミングが、社会変化の大転換点の年であったことが、結果良かったと言えるよう、社会にとって価値のある新しい知覚と身体の前提を作っていけるよう挑戦を続けていく所存です。

2021年2月現在、本研究に関わる研究補助員(RA, 非常勤)、プロジェクト研究員の募集を準備しております。先行してご質問・問い合わせは superception.lab[at]gmail.com に頂ければ幸いです。

(this article is the modified version of internal report)

References

[1] Superception : www.sonycsl.co.jp/tokyo/3918/
[2] Fragment Shadow ワークショップ :www.sonycsl.co.jp/news/10236/, www.youtube.com/watch?v=-UB1H2MAsvQ
[3] Florian Floyd Mueller, Pedro Lopes, et al., Next Steps for Human-Computer Integration. In Proceedings of the 2020 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI ’20) DOI:https://doi.org/10.1145/3313831.3376242
[4] Licklider, J. C. (1960). Man-computer symbiosis. IRE transactions on human factors in electronics, (1), 4-11.
[5] Gallagher, S. : “Philosophical conceptions of the self. Implications for cognitive science”, Trends in Cognitive Science, vol. 4, pp.14–21, 2000.
[6] Botvinick, M., and Cohen, J. : “Rubber hands ‘feel’ touch that eyes see,” Nature, 391,756,1998.
[7] Shunichi Kasahara, Keina Konno, et al., Malleable Embodiment: Changing Sense of Embodiment by Spatial- Temporal Deformation of Virtual Human Body. In Proceedings of the 2017 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI ’17) DOI:https://doi.org/10.1145/3025453.3025962, [project page]
[8] Jun Nishida, Shunichi Kasahara, and Kenji Suzuki. Wired muscle: generating faster kinesthetic reaction by inter-personally connecting muscles. In ACM SIGGRAPH 2017 Emerging Technologies (SIGGRAPH ’ 17). DOI:https://doi.org/10.1145/3084822.3084844 [project page]
[9] Shunichi Kasahara, Jun Nishida, and Pedro Lopes. 2019. Preemptive Action: Accelerating Human Reaction using Electrical Muscle Stimulation Without Compromising Agency. In Proceedings of the 2019 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI ’ 19). DOI:https://doi.org/10.1145/3290605.3300873 [project page]
[10] Daisuke Tajima, Jun Nishida, Pedro Lopes, Shunichi Kasahara, Successful Outcomes in a Stroop Test Modulate the Sense of Agency When the Human Response and the Preemptive Response Actuated by Electrical Muscle Stimulation are Aligned, DOI:https://doi.org/10.1167/jov.20.11.173
[11] Shunichi Kasahara, Kazuma Takada, Jun Nishida, Kazuhisa Shibata, Shinsuke Shimojo, Pedro Lopes, Preserving Agency During Electrical Muscle Stimulation Training Speeds up Reaction Time Directly After Removing EMS. In Proceedings of the 2019 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI ’ 21). DOI:doi.org/10.1145/3411764.3445147
[12] Hagiwara, Takayoshi, Gowrishankar Ganesh, Maki Sugimoto, Masahiko Inami, and Michiteru Kitazaki. 2020. “Individuals Prioritize the Reach Straightness and Hand Jerk of a Shared Avatar over Their Own.” iScience, November, 101732.
[13] Fribourg, Rebecca, Nami Ogawa, Ludovic Hoyet, Ferran Argelaguet, Takuji Narumi, Michitaka Hirose, and Anatole Lecuyer. 2020. “Virtual Co-Embodiment: Evaluation of the Sense of Agency While Sharing the Control of a Virtual Body among Two Individuals.” IEEE TVCG. https://doi.org/10.1109/TVCG.2020.2999197.
[14] Guterstam, Arvid, Dennis E. O. Larsson, Joanna Szczotka, and H. Henrik Ehrsson. n.d. “Duplication of the Bodily Self: A Perceptual Illusion of Dual Full-Body Ownership and Dual Self-Location.” Royal Society Open Science 7 (12): 201911.
[15] Kasahara, Shunichi, Mitsuhito Ando, Kiyoshi Suganuma, and Jun Rekimoto. 2016. “Parallel Eyes: Exploring Human Capability and Behaviors with Paralleled First Person View Sharing.” In Proceedings of the 2016 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems, 1561–72. CHI ’16. [project page]
[16] https://www.sonycsl.co.jp/news/3958/
[17] https://www.sonycsl.co.jp/news/7658/
[18] ムーンショット目標1 2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現 : https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub1.html
[19] ムーンショット研究開発プロジェクト : https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/project.html#a1